「これ、もういらないでしょ?」
実家の片付けをしていると、ついついそんな言葉が口をついて出てしまいます。
でも、その瞬間に親の表情がサッと曇ったり、頑なに「まだ使う!」と意固地になったりした経験はありませんか?
実は、実家の片付けにおいて「捨てる」という言葉は禁句に近いものがあります。
今回は、私の実体験から見えてきた、親のプライドを傷つけずに家をスッキリさせる「別の出口」についてお話しします。
その物の価値は「持ち主」にしか分からない
片付けを進めていると、私たち子世代の目には、「不要なもの」にしか見えないものが山ほど出てきます。
しかし、そこには必ずエピソードがあります。
- 何十年前の旅行の記念品
- 結婚式の引き出物
- 流行遅れの服
それらは親にとって、ただの物ではなく「生きてきた証」そのものです。
自分の物差しで測って「価値がない」と決めつけ、価値観を押し付けるのは一番のタブー。
まずは、その物の価値は当人にしか分からないという前提に立つことが、喧嘩しないための第一歩です。
「捨てる」を封印し、「選ぶ」に変える
親世代にとって「捨てる」という行為には、猛烈な罪悪感が伴います。特に「もったいない」が口癖の世代には、それは悪に等しいことかもしれません。
そこで提案したいのが、「捨てる」という言葉を封印することです。
ニュアンスを少し変えて、「これからを快適に過ごすために、必要なものを選んでいく」という伝え方をしてみてください。
「ゴミを捨てる作業」ではなく「宝物を選び出す作業」にする。この転換だけで、片付けの空気は驚くほどマイルドになります。
具体的な「別の出口」を用意しておく
「捨てる」以外の選択肢を具体的に提示できると、親の拒否反応はさらに和らぎます。私が実践して効果的だった「出口」は、主に3つあります。
「誰かの役に立てる」譲るという出口
「ゴミになるのは忍びないけれど、誰かが使ってくれるなら」という大義名分は、親世代にとって非常に強力な後押しになります。
「価値を認めてもらう」買取という出口
ただ処分するのではなく、査定してもらい、価値を認めてもらうこと。
数円、数十円の結果であっても「まだ価値があった」という事実は、親の自尊心を守ってくれます。
「姿を変えて残す」デジタル化という出口
データにするという手段もあります。形はなくなっても、いつでも見返せる状態にすることで、「失う恐怖」を取り除くことができます。
「今すぐ白黒つけない」という選択肢
どうしても捨てられない、でも場所を取っている……。そんな「思い出が重すぎる物」に直面したとき、私は無理に決着をつけなくていいと考えています。
一つの考え方として、「その物に何も思い入れのない、次の世代に処分を託す」という方法があります。
私自身の感覚ですが、祖父母の物を処分するのは抵抗があっても、そのさらに上の、直接の面識がない世代の物に関しては、驚くほどフラットな気持ちで向き合えます。
所有者との思い出がない世代なら、罪悪感を感じることなく、純粋に「整理」として処理できるからです。
大切すぎるものは「タイムカプセル」として取っておく。
「全部片付けなきゃ」というこちらの理想を少し下げる(妥協する)だけで、親との余計なトラブルを避け、お互いの心にゆとりが生まれます。
モノに宿る思いを「絶やさない」工夫
整理の過程で、親が驚くほど喜んでくれた瞬間がありました。
それは、私が実家で見つけた古いモノを「もらう」と言ったときです。
実家の押し入れの奥には、私が何十年も前に遊んでいたおもちゃが大切に保管されていました。
正直「こんなのまだ置いてあったの?」と思いましたが、試しに自分の子供(親からすれば孫)に渡すと、思いのほか楽しそうに遊び始めたのです。
子供にとって、モノが新しいか古いかなんて関係なく、ただ目の前のモノをフラットに「おもちゃ」として受け入れてくれました。
その様子を見た親の表情は、本当に嬉しそうでした。
また、祖父が亡くなった際、私は祖父が愛用していたポンチョとサングラスを譲り受けました。
今でも私がそれを愛用している姿を見て、祖母の表情がふっと緩むのを感じます。
「捨てる」のは終わりですが、「引き継ぐ」のは継続です。
モノには思いが宿っています。
その思いが絶えずに存在し続けていること自体が、一番の救いになるのだと肌で感じました。
納得するための「お試し期間」
実を言うと、もらったものすべてを使い続けているわけではありません。
以前、立派なしゃぶしゃぶ鍋を「もったいないから」と実家から譲り受けたことがありました。でも、結局わが家の生活スタイルには合わず、1、2回使っただけで処分してしまったんです。
でも、私の中では「実際に使ってみた」という事実に大きな意味がありました。
ただ捨てるのではなく、一度自分の生活に入れてみて、試した上で「うちには合わなかった」と納得して手放す。
親にとっても「一度は使ってくれた、役目を果たした」という区切りになりまし、もらう時に「一度使ってみるけど、もし使い勝手が悪かったら捨ててもいい?」とあらかじめ断っておけば角が立ちません。
この「一度自分の手を通す」というプロセスがあるだけで、親も子も、驚くほどスッキリした気持ちでモノとお別れができました。
「良い住環境」を作るための現実的な判断
もちろん、すべてのモノを残すことはできません。思い出を大切にすることと、物理的にモノを減らして「良い住環境」を作ることは別問題です。
むしろ、本当に大切なモノを「別の出口」へ繋いでいくプロセスがあるからこそ、それ以外のモノに対して「これはもう役割を終えたね」と、親も子も納得して手放せるようになるのだと思います。
「捨てる」ことをゴールにせず、親のプライドを守りながら、今の生活に必要なスペースを取り戻していく。
その過程で「残すもの」と「手放すもの」を丁寧に仕分けていくこと自体が、親子の新しい思い出、そしてこれからの安心へと繋がっていくはずです。
無理は禁物。プロに頼る判断基準
最後に、実家の片付けは精神的にも肉体的にも重労働です。
もし、自分たちだけではその判断が追いつかない、あるいは物理的な量に圧倒されてしまったときは、無理をしないでください。
作業中にあなたが脚立から落ちて怪我をしては本末転倒です。
「自分でやるか、プロに頼むか」の現実的な判断基準については、[こちらの記事]に詳しくまとめています。まずは安全を第一に考えてみてくださいね。
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