私たちは実家じまいを本気で考え、親に引っ越しを勧めました。
けれど最終的に、その説得を諦めるという選択をしました。
実家じまいを考えた理由①|免許返納で生活が成り立たなくなる不安
私の妻は、ずっと悩んでいました。田舎の実家で暮らす義理の両親のことです。
実家じまいをして、私たちの近くに引っ越してこない?
妻がそう提案したのは、決して自分勝手な都合ではありません。むしろ、これ以上ないほど「親の安全」を想ってのことでした。
妻の実家は、典型的な車社会の田舎にあります。
今はまだ父も母も元気に運転していますが、ニュースで連日のように流れるのは、アクセルとブレーキの踏み間違いなど、どうしても加齢が原因と思わざるを得ないような悲惨な事故の数々です。
「今は良くても、いつか必ずその時は来る」
車がなければ、一番近いスーパーに買い物に行くことすらままならない場所。
免許を返納した瞬間に、これまでの生活スタイルは一気に崩壊します。
かといって、年金暮らしでタクシーを常用するのも、金銭的に現実的な話ではありません。
この「逃げ場のない不安」が、まず一つ目の大きな理由でした。
実家じまいを考えた理由②|階段と水害という命のリスク
さらに、家そのものの構造も大きな心配の種でした。
まずは「階段」です。
昔ながらの2階建ての家は、高齢者にとって常に危険と隣り合わせです。
万が一、階段で足を踏み外して転落でもしようものなら、大怪我では済まず、最悪の場合命に関わる事態になりかねません。
そもそも、夫婦二人だけの生活に、2階建てほどの広さはもう必要ないのではないか。
年齢を重ねれば、いずれ2階へ上がる機会もほとんどなくなり、かつての子供部屋がただ埃をかぶるだけの空間になってしまうのは明白でした。
そしてもう一つ、近年の異常気象です。
実家は川の近くに位置しており、毎年のように各地を襲うゲリラ豪雨や局所的な大雨のニュースを聞くたび、私たちは他人事とは思えませんでした。
テレビに映る浸水被害の映像が、どうしても実家の景色と重なってしまう。
「あそこは大丈夫だろうか」という不安が、毎年のように心をよぎるのです。
「何かあった時にすぐ駆けつけられる場所にいてほしい」 「今後、もしサポートが必要になったとしても、すぐに行ける距離にいてほしい」
そうやってお互いの住まいを近くにまとめることが、親の安全を守り、私たちの不安も解消できる「一番良い選択」だと、その時の私たちは信じて疑いませんでした。
現実問題として立ちはだかる「お金」と「価値」の壁
しかし、いざ具体的に話を進めようとすると、避けては通れない現実的な問題が立ちはだかりました。
金銭面の問題です。
実家じまいを検討する場合、その多くは地方の一軒家というパターンだと思います。
わかってはいたことですが、地方の土地や建物には「資産価値」がほとんど残っていないケースが少なくありません。
土地を売っても、建物の解体費用などで結局マイナス(赤字)になってしまう。
これから空き家がどんどん増えていくと言われている中で、地方の不動産価値はさらに失われていくのが目に見えています。
実家が資産にならないうえ、私たちの住む場所の近くへ引っ越すとなれば、親が金銭面で大きな不安を感じるのは当然のことでした。
ただ、今回のケースでは、親にはある程度の資金的な余裕がありました。
実際に、この話し合いの後に「この家に住み続ける」と決意した両親が、実家を大々的にリフォームしたことからも、引っ越すための資金がなかったわけではありません。
それでも、お父さんは最後まで、実家を離れるという選択をしませんでした。
実家じまいを断念した決定的な理由|理屈では動けない親の心理
お父さんは、私たちが懸念していた「将来のリスク」をすべて理解していたと思います。
車のこと、階段のこと、水害のこと。
それらを冷静に受け止めたうえで、それでも実家を離れるという選択肢を選びませんでした。
そこには、理屈ではどうしようもない「今のままでいたい」という強烈な心理的ブレーキが働いていたのだと感じます。
これは心理学で「現状維持バイアス」と呼ばれるものに近い状態だったのでしょう。
人間は、変化によって得られるメリットよりも、今あるものを失うことで生じる「痛み」を過大に評価してしまう性質があります。
特に高齢の親にとって、住み慣れた環境を変えることは、私たちが想像する以上に精神的なエネルギーを消耗する作業です。
これまで築き上げてきた自分の世界を失うような、本能的な恐怖に近い感情があったのかもしれません。
お父さんは「理屈」を理解していた、それでも動けなかった
今回のケースが特殊だったのは、移住するための「条件」はおよそ揃っていたことです。
先述した通り、資金面の問題も解決していましたし、お父さん自身も、移住先の生活が決して不便ではないことを頭では分かっていました。
「新しい地域での人付き合いを1から築くのが面倒だ」
お父さんはそう言いました。
私が住んでいる場所では、ご近所付き合いなんてほとんどありません。
「隣に誰が住んでいるかさえ知らないくらいだから、人間関係の悩みなんてないよ」と説明もしました。
それでも、お父さんは動きませんでした。
どれだけ移住先のメリットを説いても、お父さんの口から出るのは、どこか「自分を納得させるための言い訳」のように聞こえました。
それほどまでに、人間にとって「長年慣れ親しんだ環境を変える」というストレスは、凄まじいものなのだと思います。
理屈では分かっていても、心がどうしても拒んでいる。その頑ななまでの拒否感を、子供の正論で動かすことは不可能でした。
私たちが提示したどんな「合理的な安全策」よりも、お父さんにとっては「今の場所で今まで通りにいること」の安心感が、何物にも代えがたい価値を持っていたのです。
説得の限界。親には親の人生がある
結局、私たちは無理に引っ越しを勧めるのをやめました。
親の安全を守りたいという「子供側の正論」を押し通すことが、果たしてお父さんたちの幸せに繋がるのか、確信が持てなくなったからです。
というより、あのまま説得を続けたところで、いい方向に話が進むとは到底思えませんでした。
それほどまでに、親の「今の場所で生きる」という意思は、子供のどんな理屈も寄せ付けないほど強固なものでした。
結局、お父さんは折れてくれませんでした。
実家の大規模なリフォームは、裏を返せば「死ぬまでここを動かない」という宣言でもあります。
「親のため」と言いながら、どこかで私たちの安心のために、親の人生に踏み込みすぎていたのかもしれません。
喧嘩をしたいわけでも、親の自由を奪いたいわけでもない。
ただ無事でいてほしいという純粋な願いが、お父さんの「今の生活を守りたい」という願いとぶつかってしまったのです。
何も解決していない、という現実
正直に言えば、何も解決はしていません。
・将来的にあの家をどう畳むのか
・車を手放した後の生活をどう支えるのか
私たちが抱えていた不安は、何一つ解消されないままそこにあります。
これから先、いつか来る「その時」に、より大きな苦労を背負い込むことになるのかもしれません。
それでも今は、どうしようもない「親の心」を前に、ただそれを見守るしかないのだと思っています。
「実家じまい」という言葉は世にあふれていますが、現実はそう簡単に片付くものではありませんでした。
ただ分かったのは、親には親の人生があり、どれだけこちらが心配しても、その生き方を外側から変えることはできないという事実です。
これが、私たちが直面した「実家じまい」の、あまりにもスッキリしない、でも嘘のない結末です。
【その他のおすすめ記事】
今回の「実家じまい断念」に至るまでには、お互いの感情がぶつかり、さまざまな葛藤がありました。もし、皆さんのご家庭でも同じような壁にぶつかっているなら、以下の記事も何かのヒントになるかもしれません。
親に伝えたい「実家じまい」の本音。車と階段のリスクから考える近居の選択
