父が始めた、実家の庭の「終活」
私の実家には、昔ながらの大きな庭があります。 車が8台は停められる駐車場に加え、門構えのように植えられた松の木、そして庭を縁取る巨大な岩の数々。さらには自家栽培の畑まである、「いかにも田舎らしい」庭です。
この景色が見慣れた日常だったのですが、先日、60代前半になった父が突然この庭の「終活」に手を付け始めました。
父の目的は、私に将来の管理を押し付けないこと。
今はまだ父も動けますが、いずれこうした広大な土地や植物を維持し続けるのは困難になります。
いつか手入れができなくなったとき、業者に頼めば多額の費用がかかり続けるし、私に頼むのも申し訳ない。
父なりに、動けるうちに自分自身で区切りをつけておこうと考えたようです。
有給1週間で始まった「大掛かりな計画」
最初に計画を聞いた時は、あまりに大掛かりな内容だったので「そこまでできるの?」というのが正直なところでした。
父は仕事柄、その手の作業に覚えがある人です。小型トラックの免許はもちろん、重機の資格も持っていました。
父はまるまる1週間ほどの有給を取り、たった一人で庭の大改造に乗り出したのです。
私は事前に「手伝うよ」と伝えていたのですが、父からは「足手まといになるし、危ない作業もあるから」と断られていました。
実際に作業工程を時折見に行きましたが、その光景はすごかったです。
庭の大部分を重機で撤去し、巨大な岩にワイヤーを掛けて釣り上げ、重機で試行錯誤しながら運んでいく。
現場を見て納得しました。
重機を操り、大きな岩を動かすような作業は、素人が安易に手を出せるようなものではありませんでした。
さっぱりと生まれ変わった「新しい庭」
作業が終わってみれば、庭は驚くほどさっぱりとした姿に変わっていました。
庭の大部分には防草シートが敷かれ、その上にはトラックで大量に買ってきた砂利が、これまた重機の力できれいに撒かれています。
もともとあった大きめの石は、日本庭園の飛び石のようにバランスよく配置され、以前の面影を残しつつも、管理のしやすい現代的な庭に生まれ変わっていました。
父なりにすべてを更地にするのではなく、思い入れのある木やブルーベリーの木だけは重機で根ごと掘り起こし、場所を移動させて残してあります。
これなら今後、手入れにかかる労力はほとんどなくなるはずです。
父が目指した「管理に困らない庭」としては、完璧な仕上がりと言えるものでした。
「祖母の寂しさ」と話し合いの重要性
しかし、そのきれいになった庭を見て、私はあることが気にかかっていました。
「祖母はきっと、よく思っていないだろうな」ということです。
なぜなら、その庭は亡くなった祖父がこだわって作った場所だったからです。
案の定、祖母に話を振ってみると、予想していた通りの答えが返ってきました。
「何にもなくなってしまった。寂しいし、殺風景だね」
父の言うように、手入れができなくなっていく以上、いつかは手を付けなければならない。
それは仕方のないことだったと思います。
でも、もう少しやりようはあったのではないか、と感じてしまいました。
父と祖母は、以前に祖父の倉庫を片付けたときも同じようにうまくいっていませんでした。
せっかちでどんどん進めてしまう父と、自分では何もできないから言いたいことがあっても強くは言えない祖母。
「ここは残してほしい」
「自分の部屋から見える部分はあまり手を付けないでほしい」
祖母にも思うところはあったはずです。
お互いの歩み寄りや、事前の話し合いがもう少しあれば、何か別の形もあったのかもしれません。
祖母が納得する選択肢
ふとした瞬間に、もし金銭的なゆとりがあるなら、別のやり方もあったのではないかと考えたりします。
うちは父が初めから自分でやる気だったので選択肢に入りませんでしたが、プロの業者に庭の手入れを継続してもらいつつ、頃合いを見て改造を進めるという道もあったはずです。
費用は父がやるよりずっとかかったでしょうが、それなら祖母もこれほど寂しい思いをせずに済んだかもしれません。
もし、ご家庭で同じような悩みを抱えていて、予算に少し余裕があるなら、まずはプロに相談してみるのも一つの正解だと思います。
最近はネットで探せば「見積もり無料」を掲げている窓口も多いので、まずはそういったところから基準を知るのがいいかもしれません。
ありがたい「親心」と、言えない「本音」
今回の庭の大改造。その根本にあるのは、間違いなく父の私に対する「優しさ」です。
「息子に迷惑をかけたくない」
自分の代でできる限りのけじめをつけようとする父の姿には、本当に感謝しかありません。
身銭を切り、有給を使い、文字通り体を張って将来の負担を減らしてくれたのですから。
けれど、私の中には、どうしても父には言えない本音があります。
そもそも、私はすでに自分の家を持っています。
利便性や生活環境を考えれば、将来この実家に戻って暮らすという選択肢は、今の私にはありません。
父は、私の子供に対して「将来この土地をどうだ?」なんて話をしていますが、私としては自分の子供の未来を決めつけるようなことはしたくない。
子供には子供の人生があるのだから、この土地を引き継ぐことを前提にはしたくないというのが正直なところです。
父が一生懸命に整えてくれたこの庭も、結局のところ、いつかは私がこの実家そのものを「そっと手放す」ことで、その役割を終えることになるんだろうな、と考えてしまいます。
父の愛情は痛いほど伝わってくるけれど、親が思う「良かれ」と、子が願う「終活」のゴールは、必ずしも一致するわけではない。
それが、実際にこの大改造を目の当たりにした、私の率直な気持ちです。
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