定年を控えた父親が、かつての趣味だったバイクに再び乗り始める。子育てを終えた世代の「セカンドライフの楽しみ」として、それは一見、喜ばしいことに思えるかもしれません。
しかし、家族側の本音を言えば、たとえこれまで無事故だったとしても、高齢になってからのバイク再開は心配と不安で胸が張り裂けそうになるものです。車と違って体がむき出しになるバイクは、一度の転倒が命取りになりかねません。
本人にとってはかけがえのない「生きがい」であっても、年齢を重ねるごとに高まるリスクや身体能力の変化を前に、家族は常に気が気でない日々を送ることになります。
「危ないからやめて」というストレートな言葉と、「大切な楽しみを奪いたくない」という思い。
今回は、年齢の壁を前に「まだ乗れる」とバイクに乗り続ける父親の姿を通して、家族側が抱えるリアルな恐怖や葛藤、そしてこれからの向き合い方について丁寧につづっていきます。
父は昔からバイクが大好きだった
青春時代を彩ったバイクへの情熱
私の父は、若い頃から大のバイク好きでした。実家の本棚には、かつて一世を風靡したバイク漫画『バリバリ伝説』が全巻並んでおり、車やバイクの話題になると、普段よりも明らかに口数が多くなり、本当に楽しそうな表情を見せていたものです。
ただ単に乗るのが好きというだけでなく、一時期は整備士として働いていた経験もあったそうで、メカニズムそのものに対する深い愛着と知識も持ち合わせていました。
父にとってバイクは、単なる移動手段や一時的な流行ではなく、アイデンティティの一部と言えるほど大きな存在だったのだと思います。
新婚時代に起きた一度目の大事故
しかし、それほどバイクを愛していた父ですが、若い頃に一度、大きな事故を起こしています。
それは母と結婚して間もない、新婚の頃のことでした。ある日突然、自宅にいた母のもとへ警察から一本の電話が入り、父が事故で救急搬送されたことを告げられたそうです。
母は今でも当時のことを振り返り、「新婚早々、この人を失ってしまうのではないかと頭が真っ白になった」と語ります。突然の事態に、どれほど動転し、心に傷を負ったかは想像に難くありません。
この大事故をきっかけに、またその後すぐに私や弟が生まれたこともあり、父は長い間バイクから遠ざかることになりました。
当時の経済的な事情や、何より「家族を養う責任」を考えた末の決断だったのでしょう。父はそこから何十年もの間、バイクへの気持ちを仕舞い込み、家族のために実直に働き続けてくれました。
しかし、その間も心のどこかでは「いつかまた風を切って走りたい」という思いを抱き続けていたのかもしれません。
子育てが終わって、父はまたバイクに乗り始めた
50代後半からのリターンライダー
父が再びバイクのハンドルを握るようになったのは、50代後半を迎えた頃だったと記憶しています。
私や弟が就職をしてそれぞれ実家を出ていき、長年続いた子育てがようやく一段落した時期でした。ちょうど同じように時間的な余裕ができた地元の友人たちも、次々とバイクを再開したり新調したりして、いわゆる「リターンライダー」としてツーリングを楽しむようになっていたのです。
周囲の環境に背中を押されるようにして、父もまた自分のバイクを手に入れました。それからの父は、休日になると本当に嬉しそうな顔をして出かけていくようになりました。
- 今週末は、天気がいいから〇〇まで走りに行ってくる
- 次の連休は、仲間と一泊二日で遠出のツーリングを計画している
そんな予定を話してくれるときの父は、まるで少年に戻ったかのように生き生きとしていました。
ツーリングのルートを調べたり、荷物を準備したりしている段階から、ワクワクしている様子が傍から見てもはっきりと伝わってきたものです。
生きがいを否定できない家族の迷い
子どもの立場から見ても、定年を迎えた父にとって、バイクがどれほど大きな生きがいになっているかは十分に理解できました。
若い頃から自分の趣味や欲望を二の次にし、家族のため、仕事のために長い時間を捧げてきてくれた父です。ようやく自分のために使える時間ができ、そこで見つけた最高の楽しみを、「危ないから」という理由で頭ごなしに否定することは、どうしてもできませんでした。
生き生きとした姿を見る嬉しさと、心のどこかにある万が一への不安。この時点ではまだ、不安よりも「お父さんが楽しそうなら、それでいいか」という見守りの気持ちの方が勝っていました。
事故を経験しても、「まだ乗れる」と言う
恐れていた二度目の事故
しかし、家族が密かに恐れていた事態が、数年前に現実となってしまいました。
父がバイクの運転中に、二度目となる事故を起こしたのです。幸いにも他者を巻き込むことのない単独事故ではありましたが、状況は決して軽いものではありませんでした。
原因は、ほんの一瞬の「よそ見」だったそうです。
走行中、少しだけ周囲の景色に気を取られ、前を向いた瞬間には、前方の車が停車していました。衝突を避けようと反射的に無理なハンドル操作を行い、そのままバランスを崩して激しく転倒してしまったのです。
この事故により父は肩の骨を骨折し、入院して手術を受けることになりました。術後の痛みは相当なものだったようで、病室で見せる痛々しい表情に、私たち家族は胸を締め付けられる思いがしました。
家族の認識と本人の感覚にある「ズレ」
退院後、家族の誰もが「さすがにこれだけの怪我を経験したのだから、もうバイクには懲りただろう」「これを機に引退してくれるに違いない」と思っていました。
しかし、父の口から出たのは予想に反する言葉でした。怪我が癒えると、父は何事もなかったかのように再びバイクに乗り始めたのです。
本人は事故について、このように弁明します。
- あれはちょっとよそ見をしてしまっただけだ
- もう絶対に運転中はよそ見をしないから、大丈夫だ
ですが、家族が本当に恐れているのは、その「よそ見をしたこと」そのものではありません。私たちが恐怖を感じているのは、「一瞬のミスをカバーできなくなっている、年齢による身体能力の変化」に本人が気づいていない点です。
若い頃の筋力や反射神経であれば、同じようによそ見をしても、瞬時にブレーキを間に合わせられたかもしれません。あるいは、無理な体勢で避けたとしても、転倒せずに踏みとどまれたかもしれません。仮に転んだとしても、骨折するほどの重傷には至らなかった可能性もあります。
年齢を重ねるにつれて、とっさの判断力、視覚的な反応速度、そして体幹のバランス感覚は、本人が自覚できないレベルで少しずつ低下していきます。
しかし、父の脳内にある感覚は、若い頃の「動けていた自分」のまま止まっているのではないでしょうか。この「実際の身体能力」と「本人の自己評価」の間にあるズレこそが、家族にとって最も恐ろしいポイントなのです。
私たちはその懸念を何度も父に伝えました。しかし、父がそれを受け入れることはありませんでした。父にとってはあくまで「たまたま運が悪かっただけ」「次から気を付ければ済む問題」という認識なのです。
「スピードは出していない」「いつも安全な速度でのんびり走っている」と繰り返す父に対し、私たちの真剣な心配はどこか空回りしているように感じられました。
「やめてほしい」と「生きがいを奪いたくない」の間
尽きない不安と最悪の想定
家族としての本音を厳しく言ってしまえば、今すぐにでもバイクを手放してほしいのが本心です。
もし次、また事故を起こしたらどうなるのか。
今回は骨折で済みましたが、次回は頭を強く打つかもしれない、あるいは最悪の場合、命を落とすことになるかもしれない。そうした不吉な想像が、父がバイクで出かけるたびに頭をよぎります。
また、単独事故ならまだしも、歩行者や他の車を巻き込む加害者になってしまう可能性もゼロではありません。高齢者の運転トラブルが社会問題となる昨今、他人事とは思えない恐怖が常に付きまといます。
高齢期の生きがいが持つ重要性
その一方で、父からバイクという存在を完全に取り上げてしまうことが、一概に正しい選択であるとも言い切れないのが、この問題の本当に難しいところです。
父は、同じ趣味を持つツーリング仲間と過ごす時間を、心から楽しみにしています。定年退職を迎えた後、急に社会とのつながりが薄くなり、自宅に閉じこもりがちになって気力を失ってしまう方も少なくないと聞きます。
そんな中で、自分から進んで外へ出かけ、共通の話題を持つ仲間と笑い合っている父の姿は、とても健康的で喜ばしいことです。
だからこそ、もしここからバイクを取り上げてしまったら、父は一気に社会との接点を失い、急に老け込んで元気をなくしてしまうのではないか。家族としては、そのことがどうしても懸念として頭をよぎるのです。
私たちがそんな葛藤を抱えながら、それでも意を決して「危ないから……」と説得しようとすると、父はいつもこう口にします。
「あと数年だけだから」「一緒に走っている仲間たちが引退するまでは乗りたい」
しかし、その「あと数年」という言葉は、きっと来年も、再来年も、本人が動けるうちは何度も更新され続けていくのだろうということも、私たちには分かっています。
親の「まだ乗れる」と、少しずつ向き合っていく
「まだ乗れてしまう」という本当の難しさ
最近になって、私は一つの結論に至りました。
本当に解決が難しいのは、「もう乗れない状態」になったときではありません。皮肉にも「まだ普通に動けて、実際に運転もできてしまう状態」のときなのだと思います。
本人にはしっかりとした意識があり、日常生活も不自由なく送れている。だからこそ「自分はまだ大丈夫だ」と強く信じ込んでしまう。
しかし、周囲の家族から見ると、反応の遅れや危うさが少しずつ表面化している。この、お互いの視点のギャップを埋めることこそが、最も困難な作業なのです。
急がずに、対話を重ねていくこと
バイクに乗ることも、どのようなセカンドライフを送るかも、基本的には親自身の人生であり、本人が決定すべき領域のことかもしれません。
しかし、運転という行為が他者の生命を脅かすリスクを孕んでいる以上、家族として完全に放任することは不可能です。いつかは必ず、運転免許の返納やバイクの引退という形で、この問題に終止符を打たなければならない日が訪れます。
今の私には、まだ明確な正解は出せていません。
頭ごなしに「危ないから今すぐやめて」と否定したところで、父は意固地になって心を閉ざしてしまうだけでしょう。だからといって、万が一の事態が起きるのをただ黙って見守ることも、家族としての責任を放棄しているように思えてなりません。
これから先、父が「まだ乗れる」と健康に走れているうちに、私たちはこの話題から逃げずに、少しずつ話し合いを重ねていくしかないのだと考えています。
一回きりの話し合いで結論を出そうとせず、現在の体調や、これからの運転計画について、日頃からコミュニケーションを取り続けること。
すぐに答えは出なくとも、父のプライドを傷つけないように配慮しながら、家族の切実な思いを根気強く伝え続けていくことが、今の私たちにできる唯一の向き合い方なのかもしれません。
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