「親には、できれば実家を離れて、私たちの近くで暮らしてほしい」
そう考えて、実家じまいを提案することがあります。
高齢になれば、車の運転や家の階段、災害への不安も出てきます。子どもからすれば、「今のうちに住み替えたほうが安心なのでは」と思うのは自然なことです。
ところが、いざ親に話してみると、なかなか話が進まないこともあります。
「今の家でいい」
「まだ困っていない」
「引っ越すつもりはない」
私たちが実家じまいを提案したときも、父はそうした考えを変えませんでした。
親の安全を考え、できるだけ具体的に話をしました。それでも父が動くことはなく、最終的に私たちは、親を説得して実家じまいを進めることをやめました。
それで何かが解決したわけではありません。それでも今振り返ると、「説得することをやめた」ことには大きな意味があったと思っています。
この記事では、実家じまいを親が嫌がるときに、なぜ正論だけでは話が進まないのか、そして親が考えを変えない場合に子ども側はどう向き合えばいいのかを、我が家の経験をもとに考えていきます。
【この記事で分かること】
- 親が実家じまいを嫌がる理由
- 正論で説得しても親が動かないことがある理由
- 親が考えを変えないとき、子ども側ができること
親が実家じまいを嫌がるのは、単純に頑固だからではない
親が実家じまいを嫌がると、子ども側は「こんなに先の不安があるのに、どうして分かってくれないんだろう」ともどかしく感じるものです。
特に、車がなければ生活できない地域だったり、階段の多い古い家だったりすると、子ども目線では心配になるのも無理はありません。
ただ、親からすると実家は単なる「古い家」ではありません。
長年暮らしてきた家であり、ご近所付き合いがあり、日常の買い物場所を含めた毎日の生活がそこに存在しています。
つまり、何十年もかけて作ってきた「いつもの暮らし」が詰まっている場所なのです。
心理学では、変化によるメリットよりも今あるものを失う不安を大きく感じる心理を「現状維持バイアス」と呼ぶことがあります。
子どもから見れば「もっと便利な場所への引っ越し」であっても、親にとっては住み慣れた家を離れ、近所の人との関係性を変え、新しい場所で生活を一から作り直すことを意味します。
何より、自分が長年築いてきた生活を自分の意思で手放さなければなりません。
子ども目線では単なる「引っ越し」であっても、親にとってはそれまでの人生の一部を手放すような、とても大きな決断といえるのかもしれません。
そのため、親が実家じまいを嫌がるからといって、必ずしも「危険性を理解していない」「頑固で話を聞かない」とは限りません。
危険性や大変さを分かっていても、「長年積み重ねてきた大切な暮らしを変えたくない」という、親なりの気持ちがあるのかもしれません。
我が家が実家じまいを考えた2つの理由
私たち夫婦が妻の実家の「実家じまい」を考えたのにも、もちろん明確な理由がありました。
これから先の生活を考えたときに、いくつか心配なことがあったのです。
理由① 免許返納後の生活が心配だった
妻は以前から、田舎で暮らす両親のことを心配していました。
「実家じまいをして、私たちの近くに引っ越してこない?」と妻が提案したのは、自分たちの都合からではなく、これから年齢を重ねていく両親の安全を思ってのことです。
妻の実家は、典型的な車社会の田舎にあります。
今は父も母も元気に運転していますが、いつまでも今と同じように運転できるとは限りません。
万が一、免許を返納することになれば、それまで車で済ませていた買い物や通院などにも大きな影響が出ます。一番近いスーパーに行くことさえ、車がなければ簡単ではなくなってしまうのです。
毎回タクシーを利用する方法もありますが、年金暮らしの中でそれを続けることが現実的なのかという問題も出てきます。
「今は大丈夫」であっても、いつか生活の前提が変わってしまうかもしれない。
それが、私たちにとって大きな不安でした。
理由② 階段や水害など、家そのものにも不安があった
もう一つの理由は、住んでいる家そのものについてです。
妻の実家は昔ながらの2階建て住宅で、夫婦二人で暮らすにはかなり広い家です。
今は問題なく階段を上り下りできていても、年齢を重ねれば状況は変わっていきます。もし階段で足を踏み外せば、大きな怪我につながる可能性も否定できません。
【参考記事】
→親に伝えたい「実家じまい」の本音。車と階段のリスクから考える近居の選択
また、子ども部屋など、今ではほとんど使っていない部屋も存在します。
そのため、「夫婦二人だけなら、もっとコンパクトで生活しやすい家でもいいのではないか」と私たちは考えていたのです。
さらに、実家が川の近くにあることも懸念材料でした。
大雨や水害のニュースを見るたびに「あのあたりは大丈夫だろうか」と心配になります。
何かあったときにすぐ駆けつけられる距離にいてほしいですし、これから先、生活のサポートが必要になったときにもできるだけ近くにいてほしいと考えました。
私たちにとっては、近くに住んでもらうことこそが親の安全を守るための現実的な選択肢に思えたのです。
それでも、親は「今の家」を選んだ
もちろん、実家じまいをするとなれば気持ちだけでは決められず、資金面の問題も絡んできます。
引っ越し先の住居費が必要ですし、今の家をどう処分するのかという課題もあります。
地方の実家では土地や建物に十分な資産価値が残っていないこともあり、売却しようとしても解体費用などを考えると満足な金額にならないケースも多いでしょう。
親がそうした金銭面を心配するのも当然のことです。
ただ、今回の我が家の場合、引っ越すための資金がまったくなかったわけではありませんでした。
事実、その後に両親が実家を大規模にリフォームしたことを考えると、資金面だけがネックだったとは考えにくい状況でした。
資金面の問題もクリアできていた。それでも父は、最後まで実家を離れるという選択をしなかったのです。
ここで私たちは、「問題はお金だけではないんだ」と改めて気づかされました。
正論で説得しても、親が動かないことがある
父は、私たちが話したリスクや懸念を理解していなかったわけではありません。
車の運転リスクも、階段の危なさも、水害の心配もすべて分かっていました。子どもたちの近くに住めばサポートを受けやすくなることも理解していたはずです。
それでもなお、「今の家で暮らしたい」という気持ちは変わりませんでした。
移住先の環境についても丁寧に説明しました。
私の住んでいる場所は決して生活しづらいところではなく、ご近所付き合いもそれほど濃くありません。「隣に誰が住んでいるかさえ知らないくらいだから、人間関係の悩みなんてないよ」と話したこともあります。
それでも父は、「新しい地域で人付き合いを一から作るのが面倒だ」と言いました。
こちらからすれば「そんな心配はしなくても大丈夫」と思ってしまいますが、父にとってはそれも無視できない大切な問題だったのでしょう。
安全性や利便性だけを考えれば、私たちの提案には十分な合理性がありました。
しかし、親の暮らしは合理性だけで割り切れるものではありません。
理屈では理解していても、心が「変わりたくない」と拒んでいる——そんな状態にある親に対して子どもの正論を重ね続けても、かえって気持ちを頑なにしてしまうことがあります。
私たちは、親を説得することをやめた
結局のところ、私たちは無理に引っ越しを勧めるのをやめることにしました。
親の安全を守りたいという気持ち自体が変わったわけではありません。
しかし説得を続けていくうちに、「親のため」と言いながら、実は私たち自身が安心したいだけなのではないか、と思うようになったからです。
確かに、親が危険な状態になれば子どもとして心配になりますし、将来困ることが見えているなら今のうちに手を打ちたいと思うのは当然です。
それでも、最終的にその家で暮らし、毎日を過ごすのは親自身にほかなりません。
だからこそ、「こちらから見れば、こうしたほうがいい」という正論だけを押し付けて親の生活を変えることはできないのだと気づきました。
以前の私たちは「どうすれば納得してもらえるか」ばかりを考えていましたが、今は違います。
「親が考えを変えないのであれば、自分たちには何ができるだろう」と、視点を切り替えて考えられるようになりました。
説得をやめることは、何もしないことではない
親を説得することをやめたからといって、将来のことを放棄したわけではありません。
むしろ、説得という一つの手段にこだわらなくなったことで、視野が広がり考えられることが増えました。
- 車を手放すことになったとき買い物や通院をどうサポートするか。
- 家の管理が難しくなったときに誰が手を貸せるか。
- もし将来的に実家を離れることになった場合、家をどう処理するか。
こうした問題は、今すぐ答えを出す必要はありません。大切なのは、親が本当に困ったときに一緒に考えられる体制を作っておくことです。
そのためにも、日頃から親との関係を良好に保っておくこと自体が、一つの重要な準備なのだと感じています。
親の人生を変えるのではなく、困ったときに支えられる場所にいる
今回の経験を通して、私たち夫婦の考え方は大きく変化しました。
それは、「親のために正しい選択をしてもらうこと」と「親が選んだ生活を支えること」は全く違うのだということです。
私たちは、実家じまいをして近くに住んでもらうことが一番の安心だと信じていました。しかし、親はその道を選びませんでした。
それならば、自分たちがやるべきことは、その選択をした親の生活をできる範囲で尊重し、支えていくことしかありません。
こう考えるようになってから、「今すぐ親を動かさなければならない」という焦りやプレッシャーは、以前よりも少しだけ和らぎました。
それでも、実家じまいの問題はなくならない
正直に言えば、今回の選択によって悩みがきれいに解決したわけではありません。むしろ、先送りになった問題も数多くあります。
いつか車を手放す日が来るかもしれませんし、家の階段が大きな負担になる日も訪れるでしょう。
大雨や災害への心配が消えることもありません。そして、いつか本当に実家を畳むことになったとき、今より大変な状況になっている可能性だってあります。
それでも今は、親が選んだ生活を尊重しながら、必要になったタイミングでいつでも手を差し伸べられるように準備しておく。それが、今の私たちにできる最善なのだと思っています。
実家じまいは、「家を売る」「荷物を処分する」「引っ越す」といった機械的な作業だけで終わるものではありません。
そこには、長年その家で暮らしてきた親の歴史や感情が深く関わっています。だからこそ、子ども側の正論だけではスムーズに進まないこともあるのです。
親を説得し続けることだけが正解とは限りません。
時には説得を手放し、親の気持ちを尊重しながら、困ったときに寄り添える関係性を残しておく。それもまた、実家じまいという問題に向き合う一つの大切な方法なのだと思います。
我が家のケースでは、根本的な解決はしていません。
それでも、父が選んだ「今の大切な日常」を、これからは一歩引いた場所から穏やかに支えていこう。
今の私たちは、そう考えています。
【こちらの記事も、あわせてどうぞ】
